はじめに
こんにちは、管理人の「釣りチワ」です。
釣りチワは海釣りを始めてから、「釣りのマナー」というものを意識するようになりました。
・仕掛けやラインのゴミは持ち帰る
・釣り場を汚さない
・漁業関係者の迷惑にならないように、船が出るときはキャストしない
など
釣りチワが海釣りを始めた2025年には、マナーの悪い釣り客によって
すでに多くの港が釣り禁止になってしまっているという、非常に残念な状況になっています。
ぜひ、みんなでマナーを守って、禁止になってしまった港で再び釣りができる日がくるといいと思います。
さて、今回は釣り場のマナーをきっかけに感じた、常識の変化について、コラムとして残しておこうと思います。
かつての「正しかったマナー」
ふと、大昔の漫画のシーンを思い出しました。
漫画『釣りキチ三平』という、麦わら帽子をかぶった少年が主人公の釣り漫画があるのですが、
主人公の三ちゃんがあこがれる、大人のダンディーな釣り師「魚紳さん」がタバコの吸い殻を土に埋めるシーンです。
釣り場で一日煙草を吸った魚紳さんは、大量の煙草の吸殻を土に埋めて処理していました。
それを見た主人公の三ちゃんは、マナーのよい魚紳さんに憧れの声をもらす
という、そんなシーンがあったことを思い出しました。(記憶を頼りにしているので違っているかも?)
当時は、それが「環境」や「周り」に配慮した「素敵なマナー」として描かれていました。
それして、それを読んだ当時の多くの読者は(おそらく多くは)違和感がなかったのです。
今の私たちから見れば、フィルターの分解には時間もかかりますし、有害物質が土壌を汚染することも心配になりますし、吸い殻を土に埋める行為は環境に良くないと感じます。
でも、それは「当時の人が不誠実だった」という話ではないですよね。
その時代の背景や常識の中で、「どう振る舞うのが一番よいか」を考えた結果が、そうしたマナーだったのだと思います。
常識やマナーは移ろうもの
当たり前ではあるのですが、こうして見てみると、マナーや常識というものは、
普遍的で絶対的な「正しさ」はなく、その時代ごとの背景や条件の中で形作られてきたものだと実感します。
科学の知識が増え、環境への影響がわかり、国際的な常識、政治や行政により社会の仕組みが変われば、
「良い振る舞い」の定義も自然と更新されていきます。
過去の「釣りキチ三平」が描写したマナーは、今の私たちが評価できる形になっていますが、
今の私たちのマナーも、「当時はそう考えられていた」と振り返られる日が来るのだと思います。
もしかしたら「ごみを持ち帰る」という行為すら、「過去にあった通例」ととらえられる可能性もゼロではありません。
だからこそ、今のマナーを大切にする
ただし、だからといって、 「マナーや常識なんて移ろうものだからだから気にしなくていい」
と言いたいわけではありません。
疑いを持つことと、守らないことは別です。常識が移ろうものだと理解しているからこそ、
今この時点で、多くの人が話し合い、合意してきた「最適解」は、丁寧に守る姿勢が必要なのだと思います。
釣り場から、世界を見る
釣りを始めてみると、自然、食、他人、ルール、自由や制約が、小さなスケールで同時に存在していることに気づきます。
釣りでのマナーを考えることは、
社会や世界のあり方を考えることにもつながっているように感じます。
そんなふとした視点や気づきも楽しみながら、このサイトでの各コンテンツは記録していけたらと思っています。
